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技術者が陥りやすい「課題すり替え」の落とし穴

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はじめに:なぜ「課題のすり替え」が技術導入を阻むのか

技術者として業務改善や新技術導入に携わる中で、「なぜそれをやるのか」という問いに答えられないまま進めてしまう場面は少なくありません。特に入社から数年以内の若手や、現場中心の実務経験が長い方にとって、「目の前の問題を解決すること=正しい課題解決」と思い込んでしまう傾向があります。しかし実際には、真の課題を見誤り、無関係な施策を講じてしまう“課題のすり替え”が、技術導入や業務改善を妨げる大きな要因となっています。

たとえば、「設備トラブルが頻発している」という声が上がったとき、その対応として「機器の更新を急ごう」と判断することがあります。しかし実際に深掘りしてみると、故障の原因は更新時期ではなく、日常点検記録の入力漏れや、作業マニュアルの不備による手順ミスであることが少なくありません。こうした場合、機器を新しくしても根本原因は残り、再び同様のトラブルが起きてしまいます。これは典型的な「課題のすり替え」です。

この「すり替え」が起きる背景には、いくつかの要因があります。一つは、現場と管理部門、あるいは設備担当と運輸・営業担当の間で、課題認識の視点が異なること。現場は「見えている現象」に着目しがちですが、管理部門は「定量評価できるリスクやKPI」に焦点を当てます。このギャップがあるまま議論を進めてしまうと、共通認識のないまま施策が決まり、現場では「やらされ感」、管理部門では「なぜ改善しないのか」という不信が生まれます。

また、技術者自身の思考のクセも影響します。技術的な正解を求めようとするあまり、現場で起きている複雑な背景を単純化してしまうことがあり、「この技術を使えば解決できるはず」と仮説を急ぎすぎることで、問題の本質をすり抜けてしまうのです。特に、ICTやIoT、AIなど新技術が導入される場面では、手段が先行し、「技術導入=課題解決」という誤解が生まれやすくなります。

本記事では、こうした「課題のすり替え」をどのように見抜き、防ぐのかを、実務で役立つ形で解説していきます。公共交通業界の技術者が、初学者であっても確実に「本質的な課題を捉える力」を身につけられるように、事例や具体的な行動を交えながら紹介していきます。

まずは、技術者が現場で陥りやすい「課題すり替え」の代表的なパターンから見ていきましょう。

「すり替え」のパターンを知る:技術者が陥る5つの典型例

課題がすり替わる背景には、技術者自身の思考のクセや、組織の意思決定プロセスの構造があります。この章では、特に公共交通の技術者が実務の中で陥りやすい「すり替えパターン」を5つに整理して紹介します。それぞれのパターンには、実際にありがちなシチュエーションを踏まえ、どのように気づき・修正すべきかを併せて解説します。

① 現象=原因と誤認する「目に見えるもの優先型」

もっとも多いパターンが、「見えている現象=原因」として即断してしまうケースです。たとえば「信号が動作不良を起こした」という現象があった場合、「装置が劣化した」と結論づけてしまう。しかし、実際には配線の締め付け不良や制御ロジックの設定ミスが原因であることもあります。設備異常の現象から一足飛びに更新判断を下すと、再発防止につながらないばかりか、無駄な更新投資となるリスクもあります。

② 手段が目的化する「技術先行型」

AIやIoT、リモート監視といった新技術を取り入れようとするあまり、「何を解決すべきか」という議論が後回しになるケースです。「遠隔監視カメラを設置したい」→「だから課題は現場巡視の負担」といった、目的が後付けになる逆転現象は、特に若手提案やメーカープレゼンを受けた際に起こりやすいものです。技術選定の前に、現場の業務構造・人的制約・制度との整合性を整理する必要があります。

③ 本質的課題を組織課題にすり替える「責任転嫁型」

現場での不備や未対応があるにも関わらず、「人手が足りない」「ルールが決まっていない」といった組織的課題に責任を転嫁してしまうパターンです。これは一見正論に見えますが、技術的な改善提案が停滞する要因にもなります。たとえば、「ホームドアの故障記録が蓄積されていない」ことを「IT整備が進んでいないせい」と捉えるのではなく、「記録する仕組みがあっても使われていない」理由を探るべきです。

④ 抽象的な言葉に逃げる「ふわっと課題型」

「安全性の確保」「効率化の推進」「デジタル化の強化」など、具体的行動に落とし込めない抽象ワードで課題を定義してしまうケースです。こうした言葉をそのまま上申資料や稟議書に使うと、現場の行動に結びつかず、目的不明瞭な導入につながります。改善提案を通すためには、「安全性の確保」ではなく「夜間点検時の手元確認の属人性排除」といった、現場で再現可能な課題記述が求められます。

⑤ 一部事象を全体課題と誤認する「スケール誤認型」

限られた一地点で発生した問題を、全体の課題と早合点してしまうパターンです。たとえば、1駅で券売機のエラー率が高いからといって、全駅での一斉交換を検討するのは危険です。エリア特有の環境要因や操作フローに原因があるかもしれません。実際には「全体」と「個別」のどちらに対処するべきか、データをもとに冷静に切り分ける視点が必要です。

これらの「すり替えパターン」は、いずれも悪意があるものではありません。しかし、技術者が本来の問題定義を見誤ることで、業務全体の改善機会を失い、組織全体にとってのロスが発生する可能性があります。次章では、こうした誤認を防ぐための課題設定フレームワークを紹介します。

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振り返りワーク

この記事で学んだ知識を、現場や教育の場で活用するには、読んだ内容を自分の言葉で整理し、実際の業務に照らして考えることが重要です。以下のワークを通じて、あなた自身の思考の癖や課題の捉え方を見直し、組織全体の技術判断力向上にもつなげていきましょう。後輩指導や勉強会の企画にも応用できる視点として、振り返りを進めてください。

Q1. 記事で紹介された「課題のすり替え」の典型パターンは5つである。

  • Yes
  • No

Q2. 以下のうち「手段が目的化している課題すり替え」の例として最も適切でないものはどれか?

  • A. 遠隔監視システムを導入するために、巡視負担の高さを課題に設定する
  • B. 老朽化装置の交換を前提に、交換予算を確保しようとする
  • C. 異常時操作ミスの防止のために、UI変更の必要性を検討する
  • D. 新技術導入に向けて、課題の有無を後から探しにいく

Q3. 以下のうち、課題のすり替えが起こりにくい思考の進め方として最も適切なものはどれか?

  • A. 発生した現象から原因を即断し、先に対策を設計する
  • B. 仮説を出発点にして提案を素早く通すことを優先する
  • C. 「なぜ・なに・どこ・だれ」の4視点で状況を構造化する

Q4. 次の技術者の発言のうち、課題のすり替えが生じている可能性が最も高いものはどれか?

  • A. 「この装置は導入から15年経っているので更新すべきです」
  • B. 「過去半年の故障履歴と点検記録を分析してみました」
  • C. 「この現象は運用の制約も含めて課題化する必要がありそうです」

Q5. 次の思考ステップを、課題整理の正しい順序に並べ替えてください。

  • A. 発生場所・影響範囲を特定する
  • B. 事象を定量・定性で記述する
  • C. 原因や背景を「なぜ」で掘り下げる

Q6. あなたの業務で最近経験した「技術的な違和感」や「現場の声」をもとに、すり替えが起きていないかを検討してみてください。
「現象」「仮説」「本質的な課題」を簡潔に記述してください。

  • 【記述式】

Q7. あなたが後輩に対してこの内容を教えるとしたら、どのような順序・例を使って説明しますか?研修・OJTを想定した「伝え方」を記述してください。

  • 【記述式】

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