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顧客満足度(CS)を高める運用改善PDCA設計
- 技術者研修
はじめに:顧客満足度はなぜ重要か
公共交通事業において、顧客満足度(Customer Satisfaction、以下CS)は経営層やマーケティング部門の関心事とされがちですが、本来は現場運用と密接に関係しています。特に近年は、SNSによる情報拡散やインバウンド利用者の増加など、利用者の期待値が高度化・多様化しており、技術部門や現場職員が「CSを意識した運用改善」に取り組む必要性が高まっています。
ここで言う「顧客」とは、単に乗客だけではありません。自治体、沿線住民、取引先、さらには自社の他部門(運行管理・設備保全・案内表示など)も広義の「顧客」に含まれます。これら多様な関係者との接点を改善し、持続的に満足度を高めていくためには、属人的・単発的な対応ではなく、運用プロセスそのものにCS視点を組み込んだPDCA設計が求められます。
しかし現場では、「苦情が来てから対応する」「決まった手順を守っていれば十分」といった受け身の姿勢が根強く残っていることも事実です。これに対し、CSを軸にした運用改善では、「潜在的な不満を予測し、設計段階から対策を組み込む」ことが重視されます。たとえば、列車遅延に対して謝罪放送を強化するのではなく、「そもそも遅延要因を減らす設計」や「分かりやすく迅速な情報提供」がCSを根本的に改善する取り組みとなります。
また、技術部門が導入した新システムや設備が、実際の顧客体験にどのような影響を与えているかを把握できていないケースも少なくありません。たとえば、ホームドアの導入が安全性向上につながったとしても、同時に「開閉音が大きく不快」「乗降時間が増えた」といった新たなCS課題が発生することもあります。つまり、CSとは成果の“終着点”ではなく、常に変化する“観測点”であり続けるものです。
本記事では、PDCAという枠組みをベースに、CS視点での運用改善を実践的に設計する方法を解説していきます。対象読者は、現場職員から管理職まで幅広く想定していますが、特に「改善活動が単発で終わってしまう」「CSをどう扱えば良いかわからない」と感じている技術部門の方にとって、有益な気づきとなる内容を目指します。
以降の章では、CSに基づくPDCAの再定義、課題の捉え方、改善計画の立案、関係者を巻き込んだ導入と評価の設計、そして継続改善に向けた教育と仕組み化について、順を追って解説していきます。
運用改善におけるPDCAの再定義
公共交通の現場では「PDCAを回す」という言葉が定着していますが、その実態は形骸化しているケースも少なくありません。Plan(計画)とDo(実行)に偏重し、Check(評価)とAct(改善)が形式的な報告資料や点検チェックリストにとどまり、本来の目的である「継続的改善」が置き去りになっていることが見受けられます。特にCS向上の観点では、既存のPDCAフレームでは不十分であり、再定義が必要です。
まず、Planの段階では「改善すべき対象」が不明確なまま形だけの目標が立てられがちです。「苦情対応件数の削減」「定時運行の維持」といった抽象的な目標が掲げられる一方で、それが顧客体験や業務プロセスにどう結びつくのかは不透明なままです。また、Doの段階では「取り組みました」という報告がなされても、その結果がCSにどう影響したのかの検証が十分になされないことも多く見られます。
Checkの段階では、CSを数値化するKPIの設計が不十分であることが障壁になります。たとえば、「乗車時のストレス軽減」「案内表示の分かりやすさ」「問い合わせ対応の納得感」など、定量化が難しい要素をどのように測るかは、PDCA設計上の課題です。さらにActの段階では、現場主導で改善内容を組織全体に定着させる仕組みが弱く、担当者の異動や時間経過とともに改善が風化することが少なくありません。
こうした状況を打開するために、本記事ではPDCAを以下のように再定義することを提案します。
- P(Plan): 顧客体験の変化を意図した課題と目標の設定
- D(Do): 実行にあたっての現場受容性と負荷分散の設計
- C(Check): 顧客の声+現場の声を統合した多面的評価
- A(Act): 組織の仕組みや教育への反映と次期サイクルへの接続
このように、CS視点でのPDCAは「何かを改善すること」ではなく、「顧客体験をより良くすること」をゴールに据えるべきです。技術部門であっても、自分たちの仕事がどのように利用者に届いているのかを想像し、評価・改善に取り込む視点が必要です。特に保守部門や工事部門など「裏方」とされがちな領域でも、CSを意識した業務改善は十分に可能です。
次章では、このCS視点でのPDCA設計を機能させるための前段階として、「STEP0」とも呼べる課題認識と仮説形成について具体的に解説します。
振り返りワーク
この記事を読んで得た知識や気づきを、自身の現場や役割に置き換えて考えることで、理解の定着と実践への応用が深まります。アウトプットによって初めて、自分の中での再構成が始まります。現場改善や後輩指導、部署間連携の中でどう活かせるか、自分自身の状況に当てはめて振り返ってみましょう。
Q1:PDCAの各段階を現場で意識して使った経験がありますか?
- Yes
- No
Q2:以下のうち、CS向上を目的としたPDCA設計で誤っている記述はどれですか?
- A. Actでは、評価結果を次の計画につなげるだけでよい
- B. Planでは、KPIと実行体制の両方を設計する
- C. Doでは、段階的な試行導入が現場負荷を抑える
- D. Checkでは、現場と顧客の双方の視点で評価する
Q3:次の3つのアプローチのうち、「最もCS向上に結びつきやすい実務的な観点」はどれでしょうか?
- A. 苦情が出た時点で速やかに対応する体制をつくる
- B. 苦情が出る前に課題を発見・予防する仕組みを整える
- C. 苦情の件数を定期的に一覧にまとめて報告する
Q4:以下のうち、顧客の声を現場の改善行動につなげた説明として最も適切なものはどれですか?
- A. 「苦情があったので、謝罪文を掲示することにした」
- B. 「苦情傾向を分析し、案内内容と配置動線を見直した」
- C. 「苦情は仕方ないので、関係者に共有だけ行った」
Q5:PDCAの設計において、以下の要素を正しい順に並べてください。
- A. 改善案の仮説形成
- B. 改善施策の小規模試行
- C. 顧客の声と現場の声による評価
Q6:あなたの現場または業務で、CS向上の観点から改善できる余地があると感じる運用はどこですか?
また、それを改善するにはどのようなステップを踏むべきでしょうか?
- (自由記述)
Q7:PDCAを活用して現場のCS改善を進めることの意義を、後輩に説明するとしたら、どのように伝えますか?
具体的な場面や経験を交えて考えてみてください。
- (自由記述)
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