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経営戦略に基づく課題設定とテーマ選定の技術

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はじめに:なぜ技術者が「課題設定」を学ぶべきか

公共交通業界では、技術導入や業務改善が「現場の声に応じて行われるもの」と考えられがちです。しかし現実には、現場発の提案が組織全体の意思決定に反映されるまでに、多くの壁が存在します。特に、管理部門や経営層との間にある“見えない断絶”は、技術者にとって大きなハードルです。

たとえば、ホームドアの誤動作対応に追われる保守担当者が「検知精度を改善したい」と現場改善提案を出したとします。しかし、その提案が「組織として優先されるべきテーマか」「投資回収が見込めるか」「他部署に影響があるか」といった視点で議論されることは少なく、結局は「費用対効果が不明瞭」として却下されることがあります。

こうした“すれ違い”は、決して能力や熱意の問題ではなく、技術者が「経営や組織の視点で課題を捉える技術」を学んでいないことに起因しています。課題設定の精度を上げることは、単なる提案の通りやすさに留まらず、その後の技術調査・要件定義・開発・導入すべてのステップに影響を及ぼします。

本記事では、現場技術者が“実務としての課題設定”を自分の武器として身につけるために、以下の3つの観点を中心に解説していきます。

  • 経営戦略と接続する課題設定:単なる業務上の困りごとではなく、組織として解決すべき「テーマ」に昇華する技術
  • 部門間連携を前提としたテーマ選定:関係者を巻き込み、合意形成までを見越した構造化の方法
  • 人材育成と再現性の確保:属人的な思いつきに頼らず、若手や他部署でも再現可能な形式で課題を定義する

特に、鉄道・バス・空港といったインフラ産業では、「現場で見えている課題」がそのまま「組織にとっての重要課題」となるとは限りません。そのギャップを埋める視点こそが、次世代の技術者に求められているのです。

本記事は、現場経験5年未満の初学者でも理解できる構成としつつ、管理職や経営層に近い立場の中堅層が「組織を動かす技術者」として一歩を踏み出すための土台となることを目的としています。研修・教育資料としての活用も想定し、すぐに業務へ展開できる実践的な内容で進めていきます。

それでは次章から、まずは「経営戦略の読み解き方」について解説していきましょう。

 

経営戦略を読み解く:中長期方針と部門目標の構造

課題設定の出発点として、まず理解しておきたいのは「経営戦略は何を目指しているのか」という視点です。現場での技術的な課題や改善提案が、なぜ採用されたり却下されたりするのか——その背景には、経営レベルで定められた方向性や優先順位があります。技術者であっても、この“戦略の文脈”を読み取る力が求められます。

経営戦略は一般に、次のような階層構造で展開されています。

  • 経営ビジョン・中長期戦略(例:自動運転化、カーボンニュートラル、海外展開)
  • 年度経営方針・重点施策(例:デジタル化推進、脱属人化、保守コスト10%削減)
  • 部門別の業務計画(例:信号通信部門での設備更新計画、教育体系見直し)

現場での課題やアイデアが、これらの方針のどこに接続するかを明確にすることが、テーマの実行可能性を高める鍵となります。逆に言えば、「なぜ今それをやるのか?」「それは誰の課題か?」という問いに答えられない提案は、たとえ現場で重要に見えても、上層部には届きません。

経営戦略の“読み取りスキル”を磨く

技術者が経営戦略を読み取るためには、次のような資料や状況を意識的に観察することが有効です。

  • 年度計画書、経営計画書、部門方針資料(社内イントラネット等で公開されている場合が多い)
  • 上司や部門長の話すキーワード(例:「保守性」「投資対効果」「再発防止」「リスク低減」)
  • 経営層が繰り返し取り上げるテーマ(例:自動運転、外国人労働力、災害対策)
  • 設備投資の実績や予算配分(どこにお金が使われているか、逆に削られているか)

こうした「経営の言葉」に日常的に触れておくことで、自分の持っている課題感を“経営戦略の言語”に翻訳する力がついていきます。

公共交通業界でよく見られる戦略キーワード

公共交通業界においては、以下のようなキーワードが経営方針として掲げられることが多くあります。これらは単なるスローガンではなく、実際の技術導入や予算配分に直結します。

  • 自動化・省人化:運転・保守の人手不足を背景に、ATO、CBM、遠隔監視などが対象に
  • デジタル化・DX:紙ベースからの移行、データ活用、教育コンテンツの標準化
  • 安全性の高度化:事故・労災の再発防止に関する技術や教育設計
  • サステナビリティ:電力削減、省資源化、設備の長寿命化
  • 地域連携・公共性強化:地方自治体や高齢者対応、ユニバーサルデザインの拡充

現場技術者としての視点からは、「いま自分たちの業務に求められているのは何か」「それがどの戦略キーワードに当てはまるのか」を意識的に整理していくことが、次のステップであるテーマ選定や提案に活かされます。

戦略と現場をつなぐ「中間視点」を持つ

経営層と現場の間には、価値観や関心のギャップがあります。経営は「持続可能な収支」「社会的責任」「人材戦略」といった抽象的かつ長期的な視点を重視しますが、現場は「今日の作業が安全に終わるか」「異常を未然に防げるか」といった即時性と具体性に基づいて動いています。

このギャップを埋めるには、「部門長・課長クラスの視点」を疑似体験することが有効です。現場の技術者であっても、「この提案は部門長が経営会議で説明できる形になっているか?」という視点で課題を構造化すれば、経営に届くテーマを見出せるようになります。

次章では、こうした“構造的な見方”を踏まえながら、課題設定でよく起きる「すり替え」に焦点を当て、実務での注意点と再現性のある整理方法について解説します。

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振り返りワーク

本記事で学んだ「課題設定とテーマ選定の技術」は、知識として理解するだけでなく、自分の職場や役割に照らして応用することで初めて力になります。以下のワークを通じて、重要な考え方の定着と、自分自身の状況への当てはめ、そして後輩指導などへの展開を意識して振り返ってみましょう。アウトプットを通じて、知識を実務に変える一歩を踏み出してください。

Q1. この研修内容を理解したと感じていますか?(定着確認)

  • Yes
  • No

Q2. 以下のうち「課題設定としては誤っている」ものを1つ選んでください。(知識理解)

  • A. 機器の故障率が上がっており、保守対応の遅れが顕著になっている
  • B. 操作手順が煩雑で、作業者による判断ミスが発生している
  • C. この装置は古いので、そろそろ新しくしたい
  • D. 点検作業の負荷が高く、他業務との両立が困難になっている

Q3. 次のうち、テーマとして最も優先度が高いと考えられるのはどれですか?(実務感覚)

  • A. 年1回だけ発生する小さな不便だが、長年放置されているテーマ
  • B. 複数部門にまたがり、再発頻度が高く、改善インパクトが大きいテーマ
  • C. 対象者が少ないが、自部門で長年検討されてきたテーマ

Q4. 以下のうち、経営層に対して課題を説明する際の表現として最も適切なのはどれですか?(表現理解)

  • A. 通信線路のインピーダンス整合が取れておらず、波形が乱れている
  • B.物理層のノイズ干渉により信号異常が検出困難な状況です
  • C. 故障検知精度が低下しており、安全性とサービス品質にリスクが生じています

Q5. 技術導入プロセスにおける正しい順序を選んでください。(構造把握)

  • A. 要件定義 → 課題認識 → 技術調査
  • B. 技術調査 → 試験・検証 → 課題認識
  • C. 課題認識 → 技術調査 → 要件定義

Q6. あなたの現場で、今回の研修内容を活かせそうな「未構造化の課題」を1つ挙げ、その課題をどう定義すべきか考えてみてください。(実務への応用)

  • 自由記述欄(200字以内推奨)

Q7. 後輩に課題設定スキルを教える場合、どのようなステップで育成すればよいと考えますか?(指導視点)

  • 自由記述欄(200字以内推奨)

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