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業務フローから課題を抽出する分析テンプレート
- 技術者研修
はじめに:課題認識がなぜ重要か
公共交通業界では、日々の運行や保守が確実に実施されることが最優先とされます。そのため、設備更新や新技術の導入は「余力があるときに検討するもの」と捉えられがちです。しかし現場を見渡すと、非効率な作業や情報伝達の遅れ、安全面での潜在的なリスクなどが少しずつ積み重なり、長期的には大きな損失や事故につながることがあります。これらを未然に防ぎ、改善の起点をつくるのが「課題認識」の役割です。
特に現場の技術者にとって重要なのは、単に「問題があれば上に報告する」という受け身の姿勢ではなく、自らが業務フローを観察・分析し、改善すべき課題を構造的に抽出できることです。管理部門や企画部門は数値や報告書を通じて業務を把握しますが、現場に潜む細かな非効率や安全リスクは、現場に身を置く技術者でなければ気づけないものです。この現場起点の気づきを正しく言語化し、管理側と共有する力が組織全体の改善力を左右します。
一方で、課題認識が適切に行われない場合には「現場は困っているのに上層部に伝わらない」「管理部門は投資したが現場では活用されない」という断絶が生まれます。例えば、老朽設備の更新タイミングを誤り、現場が応急処置に追われて疲弊するケースや、管理部門が導入を決定した新システムが現場の実務フローに合わず使われないケースが挙げられます。いずれも根本には、現場と管理部門の間で「何が課題か」が十分に共有されていない問題があります。
この記事では、こうした状況を改善するための「課題抽出の分析テンプレート」を解説します。単なる理論ではなく、現場で実際に行える観察・整理の方法を中心に、現場技術者が主体的に課題を発見し、それを部門間で共有・活用できる形に整える手法を学びます。これは、技術導入の最初のステップである「STEP1:課題認識・ニーズ抽出」にあたり、次の技術調査や仕様検討に直結する極めて重要な段階です。
本記事の対象は主任・中堅クラスの技術者を想定していますが、入社0〜5年目の初学者にも理解できるよう、具体的な事例やチェックポイントを交えて説明します。また、ベテランの読者にも「現場の視点をどう教育・仕組みに落とし込むか」という観点で新たな気づきを得られるよう構成しています。社内勉強会や部門横断プロジェクトにおいても、教材や議論のベースとして活用できる内容を目指しています。
次章では、課題抽出の前提となる「業務フローの見える化」の方法について解説します。フローを俯瞰し、どこに課題が潜んでいるのかを可視化することが、すべての出発点となります。
業務フローの見える化:現場作業を俯瞰する手法
課題を抽出するための第一歩は、日々の業務を「フロー」として整理し、誰がどのタイミングでどの作業を行っているのかを可視化することです。現場の作業は長年の慣習や属人的な工夫によって成り立っていることが多く、文書に残されていないノウハウも少なくありません。これを体系的に俯瞰することで、初めて「どこに負荷が集中しているか」「どこで情報が途切れているか」といった課題が見えてきます。
業務フローの見える化にはいくつかのアプローチがあります。代表的なのは以下の三つです。
- 作業手順書やマニュアルの確認:既存の文書をもとにフローを整理する。正式な文書が残っている場合はスタート地点として有効だが、現実の運用との差異を確認することが不可欠です。
- ヒアリング:担当者に対して、日常の作業手順や問題点を口頭で聞き取る。現場の温度感や暗黙知を把握できる一方で、回答者の主観に左右されやすいため、複数人からの情報収集が望ましいです。
- 現場観察(オブザーブ):実際に作業現場に立ち会い、手順を観察する。文書やヒアリングでは気づけない「実際の動き」「想定外の待ち時間」「情報のやり取り」が明確になります。
これらを組み合わせることで、より正確な業務フローが描けます。特に公共交通の現場では、計画上は存在しないが実務では必ず行われている「補助的な作業」や「臨時の対応」が多く存在します。これらを正しく把握しないと、改善策を立案した際に「机上の空論」となり、現場に受け入れられないリスクが高まります。
フローを描く際には、単に「手順の羅列」に終わらせず、次の観点を盛り込むことが重要です。
- どの部門・担当者が関与しているか(責任範囲の明確化)
- 作業の前提条件や入力情報(何を基に作業を始めているか)
- 作業の成果物や出力情報(誰にどのように引き渡しているか)
- 所要時間や作業頻度(負荷の見積もりに直結)
- 例外対応や臨時作業(想定外の負担源となる)
これらを整理した業務フロー図は、単なる現状把握の資料にとどまらず、部門間での共通認識をつくる強力なツールとなります。例えば、信号通信部門が工事計画を立てる際、現場担当者と管理部門でフローを共有することで「実際には夜間作業が分割されている」「資材搬入の調整が抜けている」といった現場特有の課題が早期に浮き彫りになります。
さらに、フローを可視化する過程そのものが「課題抽出の訓練」として機能します。若手技術者にとっては、自分の担当範囲を俯瞰的に見るきっかけとなり、ベテランにとっては暗黙知を形式知化する契機となります。教育の観点からも、業務フローの可視化はOJTを超えた「組織的学習」の出発点といえます。
次章では、この業務フローを基盤にして「課題をどの観点から抽出すべきか」を整理していきます。単なる気づきではなく、組織的に共有可能な課題として定義するための視点を学びます。
振り返りワーク
学んだ内容を自分の業務に結びつけて言語化すると、理解が定着し、チームで共有・再利用しやすくなります。本ワークでは、実務と教育の両面で活用できる形に整理し、ご自身の現場状況に当てはめながら振り返ります。出力した回答は、課題の要件化や部門連携の土台となり、研修やOJTの教材としても活用しやすくなります。
Q1 業務フローの可視化では、観察・ヒアリング・文書確認を併用するほど現実との乖離が減ると考えますか。
- はい
- いいえ
Q2 次の記述のうち、不適切だと考えられるものはどれですか。
- A:課題は現場の不満をそのまま記載すれば十分です。
- B:課題は影響度や関係部門と併せて記録すると、合意形成に役立ちます。
- C:部門間の引き渡し点は断絶が生まれやすく、課題の集中点になりやすいです。
- D:抽出した課題は要件に翻訳され、技術選定や調達条件に反映されます。
Q3 課題を迅速かつ再現性高く解決へつなげる方法として、最も有効だと考えられる組み合わせはどれですか。
- A:熟練者の経験に依存し、個人判断で改善策を決めます。
- B:分析テンプレートで整理し、合同ワークショップと現場見学で合意を形成します。
- C:トップダウンで決裁し、詳細は導入後に現場で調整します。
Q4 管理部門の評価基準に沿って現場課題を翻訳できている表現はどれですか。
- A:夜間作業がつらいので更新を希望します。
- B:夜間作業が延長し人的エラーと列車遅延のリスクが上昇しています。直近3か月で応急対応が◯件、残業が◯時間に達しています。モジュール化更新で施工時間△%短縮が見込めます。
- C:従来通りのやり方で問題はありませんので変更は不要です。
Q5 課題抽出から導入・教育への接続の流れについて、適切だと考える順序を検討します(候補を並べ替えます)。
- A:現場観察と業務フロー図の作成
- B:分析テンプレートへの記入(現状・課題・影響度・関係部門・対応案)
- C:課題マトリクスで優先度の合意(部門横断)
- D:要件定義への翻訳(仕様・調達条件への反映)
- E:試験・パイロットで現場適合性の検証
- F:教材化と横展開(OJT・勉強会への組み込み)
Q6 ご自身の担当業務から課題を一つ選び、分析テンプレートに沿って200~300字で要約します。
- 現状(工程・頻度・所要時間・関与部門)
- 課題(事実に基づく記述)
- 影響度(安全・コスト・時間・サービス)
- 関係部門(合意が必要な相手)
- 対応案(暫定・恒久の案)と次の一手(要件化の観点)
Q7 入社5年目までを想定し、課題抽出スキルを育成する30日間のミニOJT計画を構想します。
- 学習目標(到達基準:フロー化・課題定義・要件翻訳)
- 週次課題(第1週:観察/第2週:テンプレ記入/第3週:合意形成/第4週:要件化)
- 同行観察とフィードバックの方法(チェックリスト活用)
- 成果物(テンプレート1件、優先度評価、要件草案)
- 評価ルーブリック(正確性・再現性・部門連携・改善効果の観点)
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