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架線電圧とは|鉄道用語を初心者にも分かりやすく解説

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この記事は、鉄道の心臓部とも言える「架線電圧」について、その定義、種類、仕組み、そして日本国内での具体的な採用事例までを、鉄道技術に詳しい専門家が徹底的に解説する完全版です。業界で働く方も、鉄道技術に興味がある方も、この記事で架線電圧のすべてがわかります。

「架線電圧」とは、鉄道車両を動かすために架線(オーバーヘッドコンタクトワイヤー)に供給されている電気の電圧のことを指します。この電圧が高ければ高いほど、より速く、より重い列車を効率よく運行させることができますが、その分、設備や安全対策も複雑になります。この基本的な概念を抑えつつ、さらに深掘りしていきましょう。

架線電圧とは?鉄道車両を動かすエネルギーの源泉

架線電圧とは、文字通り「架線に流れている電気の圧力(電圧)」のことです。鉄道車両、特に電車は、この架線から電気を受け取り、モーターを回転させて走行します。架線は、発電所や変電所から送られてきた電気を、パンタグラフを通して車両に伝える重要な設備であり、この電圧の大小が、鉄道運行の効率や方式を決定づけます。

「電車線電圧」と呼ばれることもあり、鉄道における電気工学の最も基礎的かつ重要な要素の一つです。この電圧の選択は、建設費用、電力損失、保守の容易さなど、多岐にわたる要因を考慮して決定されます。

架線電圧の基本的な役割と仕組み

架線電圧の主な役割は、列車が走行するために必要なエネルギー(電力)を安定的に供給することです。電車は、架線に接触するパンタグラフを通じて電気を取り込みます。取り込まれた電気は、車両内の機器(変圧器、整流器、インバーターなど)を経由し、最終的に主電動機(モーター)を駆動させます。

仕組みとしては、架線がプラス側、レールがマイナス側(または帰路)となり、この間に電圧差を生じさせることで電流が流れる回路を形成しています。変電所から供給される電力は、列車が移動しても途切れることなく、常に一定の電圧で供給されるように設計・管理されています。

なぜ鉄道には高電圧が必要なのか

鉄道では、多くの乗客や貨物を運び、高速で走行するため、非常に大きなエネルギーが必要です。電気工学の基本原理として、同じ電力を送る場合、電圧を高くするほど電流は小さくなります($P = V \times I$、ここで$P$は電力、$V$は電圧、$I$は電流)。電流が小さいと、架線や送電線での抵抗による電力損失(ジュール熱)を大幅に減らすことができます。

もし電圧が低すぎると、必要な電力を送るために極めて太い架線が必要になったり、頻繁に変電所を設けたりしなければならず、建設コストや保守コストが増大してしまいます。したがって、幹線や新幹線などの高速・高頻度運行を行う路線では、効率的な電力供給のために高い電圧が採用されているのです。

架線電圧の種類:直流と交流の違いと採用理由

架線電圧は大きく直流(DC)と交流(AC)の2種類に分けられます。それぞれに異なる特性があり、路線の種別や運行形態に応じて採用されています。この選択は、車両の設計、変電所の配置、送電方式にまで影響を与える、鉄道システムの根幹に関わる重要な判断です。

直流電化(DC)の特性と代表的な電圧

直流電化は、文字通り電流の向きが常に一定(プラスからマイナスへ)の電力を使用します。構造が比較的シンプルで、特に地下鉄や私鉄、地方のローカル線など、短い距離を頻繁に停車しながら走る路線で広く採用されています。

直流電化の代表的な電圧と採用路線

  • DC 1,500 V(ボルト):日本のJR在来線の主要区間、大手私鉄の多く(東急、小田急、京王など)で最も一般的に採用されている電圧です。大都市圏の通勤・通学輸送を支えています。
  • DC 600 V / 750 V:路面電車(トラム)や一部の地方私鉄、古い地下鉄の一部(例:かつての東京メトロ銀座線)などで見られます。電圧が低いため、変電所の間隔を密にする必要があります。

直流モーターは、交流モーターに比べて構造がシンプルでトルク特性に優れるという利点がありましたが、現代では高性能な交流モーターが主流です。しかし、直流区間が多い日本では、従来の資産を活かし、そのまま直流電化が維持されているケースが多いです。

交流電化(AC)の特性と代表的な電圧

交流電化は、電流の向きと大きさが周期的に変化する電力を使用します。主に新幹線やJRの地方幹線など、長距離を高速で走行する路線で採用されています。交流は、変圧器を使って容易に電圧を変えられるという大きなメリットがあります。

交流電化の代表的な電圧と採用路線

  • AC 20,000 V(20 kV)、50 Hz / 60 Hz:JR在来線の地方幹線や、一部の私鉄(例:つくばエクスプレス)で採用されています。高い電圧のおかげで、変電所の間隔を広く取ることができます。
  • AC 25,000 V(25 kV)、50 Hz / 60 Hz:日本の新幹線の標準的な架線電圧です。非常に高い電圧で電力を送るため、長距離を走行する新幹線に最適な方式です。

交流電化は、変電所間隔を広げられるため、建設・保守コストを削減できますが、車両側には高電圧の交流を直流に変えるための変圧器や整流器といった大掛かりな機器が必要になります(特にVVVFインバータ制御が普及する以前)。

日本の鉄道における架線電圧の現状と事例

日本は、世界でも類を見ないほど稠密な鉄道網を持ち、直流と交流が混在しています。これは、路線の歴史的経緯や、都市圏・地方圏の役割の違いによって選択された結果です。この章では、具体的な事例を挙げながら、日本の架線電圧の現状を詳しく見ていきます。

JRグループの電圧事例:新幹線と在来線の違い

JRグループは、高速・長距離輸送の新幹線と、通勤・地域輸送の在来線で明確に電圧を使い分けています。

  • 新幹線:全線でAC 25 kVが採用されています。東海道新幹線、山陽新幹線、東北新幹線など、全国の新幹線網で統一されており、これが高速鉄道の標準となっています。
  • 在来線(主要都市圏):山手線、京浜東北線などの主要な通勤路線はDC 1,500 Vです。これは、変電所を密に設置できる都市圏に適しており、設備投資の歴史的な連続性もあります。
  • 在来線(地方幹線):東北本線、常磐線の一部など、比較的長距離を走行する地方の幹線では、AC 20 kVが採用されている区間があります。これは、電力効率と変電所コストのバランスを考慮した結果です。

私鉄・地下鉄の電圧事例:DC 1,500 Vの優位性

日本の大手私鉄(例:東武鉄道、西武鉄道、京浜急行電鉄、近畿日本鉄道など)や、ほとんどの地下鉄路線は、DC 1,500 Vを採用しています。これは、都市部の短距離・高頻度運行に適しており、駅間距離が短いため電力損失の懸念が比較的低いことが理由です。

私鉄・地下鉄の具体的な採用理由

  • 高頻度運行への適合:直流は回路の制御が比較的容易で、頻繁な加減速を行う都市鉄道に適しています。
  • 相互乗り入れの便宜:多くの私鉄とJR線、地下鉄が相互乗り入れを行っているため、統一された電圧(DC 1,500 V)を採用することで、車両の共通化や運行の効率化が図れます。

例外として、地方のモノレールや新交通システムでは、第三軌条(サードレール)方式のDC 750 Vを採用している路線も存在します(例:大阪モノレール)。

電化方式の切替:交直セクションと車両側の対策

日本の鉄道網では、直流区間と交流区間が隣接している箇所があり、この境界を交直セクション(切替区間)と呼びます。列車がこのセクションを通過する際には、車両の電源を直流から交流へ、またはその逆へと切り替えなければなりません。この技術は、鉄道運行の複雑さと高度な技術力を象徴しています。

交直セクションとは:電気的な「境目」

交直セクションとは、架線電圧が直流から交流(またはその逆)に切り替わる区間のことで、「デッドセクション」とも呼ばれます。この区間の架線は、どちらの電源からも切り離された無電圧区間になっており、列車は慣性で通過します。

列車がセクションに進入する前に、運転士が車載の主回路切替器を操作し、直流・交流のどちらの電源で走行するかを切り替えます。切替操作を誤ると、車両機器の損傷や、最悪の場合、列車が立ち往生する立ち往生(立ち往生)が発生する危険性があります。

交直両用車両(ハイブリッド車)の技術

交直セクションをスムーズに通過するために開発されたのが、交直両用車両です。これらの車両は、直流と交流の両方の電圧に対応できる機器(例:整流器、変圧器、切替器)を搭載しています。特に重要なのは、以下の技術要素です。

  • 主回路切替器:運転士の操作、または地上からの信号によって、車両内の主回路を直流対応モードと交流対応モードに瞬時に切り替える装置です。
  • 変圧器と整流器:交流区間では、架線の交流を高圧変圧器で降圧した後、整流器で直流に変換し、主電動機を動かします。直流区間では、整流器と変圧器の一部回路をバイパスして、架線からの直流を直接利用します。

この技術により、JRの特急列車や貨物列車は、直流・交流区間をまたいで広範囲の運行を可能にしています(例:JR東日本のE653系やJR貨物のEH500形「金太郎」)。

架線電圧の選択が鉄道システムに与える影響

架線電圧の選択は、単に車両を動かすだけでなく、鉄道システムのインフラ、運行効率、保守費用、そして安全性にまで広範な影響を及ぼします。これは、「鉄道システム設計の根本的なトレードオフ」と言えます。

電力損失と変電所の配置

前述の通り、電圧が高いほど、同じ電力を送る際の電流は小さくなり、結果として電力損失は小さくなります。これは、交流電化の大きなメリットです。

  • 直流電化(DC 1,500 V):電圧が低いため、電力損失を抑えるために変電所の間隔を密にする必要があります(通常、数km~10km程度)。都市部ではこれが容易ですが、地方の長距離路線ではコストが増大します。
  • 交流電化(AC 25 kV):電圧が非常に高いため、電力損失が少なく、変電所の間隔を広げることができます(新幹線では20~50km程度)。これにより、インフラの建設・保守コストを大幅に削減できます。

誘導障害と通信設備への影響

高圧の電気が流れる架線は、近くの通信線などに電磁誘導作用による障害(誘導障害)を引き起こす可能性があります。特に交流電化は、変動する電磁界を発生させるため、対策が必須です。

  • 誘導障害対策:交流電化区間では、架線のすぐ横に補助フィーダー(給電線)を配置し、架線に流れる電流と逆向きの電流を流すことで、架線からの電磁界を打ち消すAT(自動変電所)き電方式やBT(変圧器)き電方式などの高度な技術が採用されています。

この対策は、特に無線通信や有線通信設備が多い都市部や、新幹線のような高規格な路線で重要になります。

架線電圧と安全対策:感電リスクと設備保護

架線電圧は非常に高いため、感電事故は人命に関わる重大なリスクとなります。そのため、鉄道会社は厳重な安全管理体制と、多層的な設備保護対策を講じています。この安全対策は、鉄道技術における最優先事項の一つです。

高圧線路への接近防止と設備保護

架線は常に高電圧が印加されているため、一般人が容易に触れないように設計されています。駅や線路脇には、「高電圧危険」の警告標識が必ず設置されています。

  • 建築限界と設備限界:架線とその支持構造物は、列車が安全に通過できる範囲(建築限界)と、架線そのものが外部に触れられない範囲(設備限界)を厳密に守って設置されています。
  • 踏切や高架下での注意喚起:特に踏切付近や高架下など、架線に近づく可能性がある場所では、高さ制限を設けるとともに、注意喚起の表示を行っています。

鉄道従事者が作業を行う際も、必ず停電(電源OFF)措置を取り、検電器で電圧がないことを確認するなど、厳格な安全手順が義務付けられています。

異常時の保護と自動遮断システム

落雷や架線への異物接触、ショート(短絡)などの異常が発生した場合、架線に過大な電流が流れ、設備が損傷したり、火災が発生したりする危険性があります。これを防ぐために、変電所には高度な保護システムが導入されています。

  • 高速遮断器:異常電流(短絡電流)を瞬時に検知し、架線への電力供給を遮断する装置です。数ミリ秒単位で動作し、設備を保護します。
  • 保護リレー:過電流、地絡、電圧異常などを検知するためのリレー(継電器)で、異常の発生箇所や種類を正確に判断し、適切な遮断器を作動させます。

これらのシステムは、「き電系統保護」と呼ばれ、鉄道運行の信頼性と安全を担保する上で欠かせない技術です。

架線電圧に関する周辺知識と専門用語

架線電圧を深く理解するためには、関連する専門用語や技術的背景を知っておくことが不可欠です。ここでは、「架線電圧 仕組み」「架線電圧 調べ方」「架線電圧 直流 交流」といったサジェストキーワードに関連する知識を解説します。

き電方式(きでんほうしき)とは

き電方式とは、変電所から架線へ電気を供給する方式の総称です。架線電圧の種類によって、採用されるき電方式も異なります。

  • 直流き電方式:比較的シンプルで、変電所から直接架線に直流電流を流します。
  • 交流き電方式(ATき電方式など):交流の高電圧を効率よく送電し、誘導障害を防ぐために、特殊な変圧器や補助フィーダーを併用する複雑なシステムです。新幹線や地方幹線で主流となっています。

パンタグラフと離線(りせん)現象

パンタグラフは、車両が架線から電気を取り込むための装置です。パンタグラフと架線が接触している箇所を集電点と呼びます。

  • 離線:列車の高速走行時などに、パンタグラフが架線から瞬間的に離れてしまう現象を離線と呼びます。離線すると、電気の供給が途切れるだけでなく、アーク放電(火花)が発生し、架線やパンタグラフの摩耗・損傷、電波障害の原因となります。
  • 対策:離線を防ぐため、パンタグラフに適切な押上力を与えたり、架線をジグザグに張る(偏位を設ける)ことで、パンタグラフのすり板の偏摩耗を防ぐ工夫がされています。

日本の標準周波数(50Hzと60Hz)の違い

日本の電力系統は、東日本(北海道電力、東北電力、東京電力など)が50Hz(ヘルツ)、西日本(中部電力、関西電力、九州電力など)が60Hzと、異なる周波数で電化されています。これは、架線電圧の種類だけでなく、交流電化の区間で重要な問題となります。

交流電化の車両は、50Hz地域と60Hz地域を跨いで走行する場合、両方の周波数に対応した設計が必要です。例えば、北陸新幹線は、50Hzと60Hzの両区間を走行するため、車両は両対応になっています。

まとめ:架線電圧は鉄道の動脈である

本記事では、「架線電圧」について、その基本的な定義から、直流・交流という種類の違い、日本国内の具体的な採用事例、そして交直セクションや安全対策といった専門的な周辺技術までを詳細に解説してまいりました。架線電圧は、鉄道車両にエネルギーを供給する「動脈」であり、その選択と管理は、鉄道運行の効率性、安全性、そしてコストを決定づける極めて重要な要素です。

直流1,500Vが主流の都市圏、交流25kVが標準の新幹線、そして交直セクションという特有の技術は、日本の鉄道が世界に誇る技術力の証でもあります。この知識が、皆様の業務の一助となり、または鉄道技術への興味をさらに深めるきっかけとなれば幸いです。

鉄道技術は日々進化しており、今後はさらなる高効率化、低コスト化を目指した技術開発が進むでしょう。この基礎知識を基盤として、ぜひ最新の鉄道技術にも注目してください。

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